ADALM2000でSDRの実験② 非同調アンテナ編

ADALM2000で作るSDRシリーズの前回記事では、ありあわせの部品で作ったSDRを紹介した。

前回は同調型ループアンテナを使ったが、今回は非同調型のループアンテナを利用する。RFアンプもディスクリートのトランジスタアンプとし、前回の物と比べて技術的にも少しだけランクアップした内容だが、予想以上に高性能なラジオを作ることが出来た。

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非同調型ループアンテナの制作

ループアンテナの動作原理はコイル内で磁界が変化するとコイルに電流が流れるという電磁誘導だ。電波は空間の電界と磁界を変化させながら伝搬する性質があるが、ループアンテナは電界の変化ではなく磁界の変化キャッチすることによってアンテナに電流を発生させる。

前回は同調型だったのでループアンテナ自体に大きなインダクタンスを持たせるためにコイル状に複数回巻いたが、本来ループアンテナは一回巻きにしてループ面積を大きく取った方が感度が良くなる。また、ループアンテナは8の字型の指向性を持つため、骨組みをパイプ等で組んでそこにループアンテナ張り自立出来るようなスタンドも取り付けて向きを変えられるように作れれば理想だ。しかし狭いマンション暮らしではそれも叶わないため、壁面にリード線をテープで固定する簡易的な方法で作ることにした。

というわけで、下の写真は約4mのリード線を自宅マンションのバルコニーに面した壁面に1.5m×0.5mの長方形ループを作り、マスキングテープで四隅を貼り付けた状態。白いリード線を使ったので見えづらいが、赤矢印の所が長方形ループの四隅となっている。

リード線のまま屋内を引き回すのも良くないと思い、ループの両端を特性インピーダンス50Ωの同軸ケーブルに接続させた。

トランスでループアンテナのインピーダンスを変換する

ループアンテナのインピーダンスは非常に小さく、アンプに直接接続するとアンテナがせっかくキャッチした電流をロスしてしまうため、トロイダルコアを用いたトランスでインピーダンス変換を行う。(細かいことを言えばループアンテナと同軸ケーブルとの接続部でもインピーダンスマッチングを取るべきなのであろうが、後述の通り高感度が得られたので良しとする。)

トロイダルコアはAliExpressで何種類か購入し、実際にトランスを作って確認した結果、特性の良さそうなニッケル亜鉛フェライトの物を使うことに。

このトロイダルコアに0.29mmのポリウレタン銅線(UEW)を巻いてトランスを作る。二次側(アンプ側)は14ターン巻き、一次側(アンテナ側)は2ターンとした。巻数の自乗でインピーダンス比が決まるため、アンテナのインピーダンスを約50倍に上げる効果を期待出来る。

トランスは、伝送路トランスとしての巻き方(バイファイラ/トリファイラ巻きなど)ではなく、下の写真のように通常のトランスとしての巻き方で作成した。

ループアンテナをトランスの一次側に接続し、二次側をADALM2000に接続してスペアナ表示してみると、中波放送の主要な放送局の電波をキャッチ出来ている事がわかる。トランスを介さないでADALM2000に接続したのと比較してざっと15dB前後の振幅向上が得られたが、これはトランスの巻線比2:14の通り約7倍の電圧振幅が得られたという事だろう。

放送波の線スペクトルが確認出来たのは、前回記事で実際に受信出来たのと同様の以下の放送局。

放送局周波数マーカー
NHK第一594kHz
NHK第二693kHzM1
AFN810kHzM2
TBS954kHzM3
ニッポン放送1242kHzM4
RFラジオ日本1422kHzM5

電波が強力な放送局については約-50dBVの振幅が得られており、このままGNURadioを動かしてもなんとか音が出るレベル。リード線を壁に貼っただけの手抜きループアンテナだが、なかなかの高感度だ。

トランジスタRFアンプの回路

トランジスタRFアンプの回路は以下。電流帰還バイアス回路なので、トランジスタは2SC1815は勿論、2N3904や2N2222などNPNの小信号タイプなら基本的に何を使っても問題無い。

以前の記事、

で発振防止のためのゲイン調整法などを検討したが、ゲイン調整無しでも発振を起こさなかったので、今回は教科書通りの回路で高周波のゲインを約40dBと大きく取っている。

その他、今回の回路に特徴的な内容は以下の通り。

  • R1,R2で作ったTR1のベースのためのバイアス電位をC1で固定したうえで、T1の2次側の片側端子に接続し、T1の2次側コイルを介してベースのバイアス電位を与える
  • アンテナでキャッチしT1の2次側で発生する電流は直接ベースに流す(ベースのカップリングコンデンサを省略)

この回路をブレッドボード上に組んで、出力をADALM2000に接続する。

Scopyを起動してアンプに電源供給を行い、スペアナ表示する。一番強力に受信出来ている810kHzの放送波では-10dBV(約300mV)近くの振幅が得られており、ノイズフロアの上昇も無く受信状態は非常に良好だ。

GNURadioでAM放送を受信する

前回記事のフローグラフから選局方法をラジオボタンの選択ではなく周波数の直接入力に変更し、信号処理の中身も基本は同一だが細かいところで少し改良した。フローグラフの信号処理についての詳細は、前回記事を参照のこと。

  • フローグラフのダウンロードはこちら

Executeボタンを押してフローグラフを実行し、waterfall表示させると受信可能な放送局の周波数に赤色の縦縞が現れ、テキストボックスにキャッチしたい周波数を入力すれば放送を受信出来る。waterfall表示で濃い縦縞が現れている放送局は殆どノイズも無くクリアに受信出来た。前回記事では同調型のループアンテナを使ったのでGNURadio上での周波数の選択だけでなく同調用のコンデンサを物理的に交換する必要があったが、GNURadioでの選局だけで完結するようになったので、やっとSDRらしくなった。

夜間は1000km以上も離れた放送局の電波をキャッチ

中波帯の電波は夜間には電離層反射で遠方へと到達する性質がある。上記と全く同じ回路構成のまま夜間にGNURadioを起動すると、waterfall表示に無数の縦縞が現れ、昼間はキャッチ出来ないような遠方の放送局の電波も受信出来た。特に驚いたのは、こんなに簡単な回路で海外の放送波も受信出来たことだ。

図に注釈を入れた放送局についてネットで調べた情報を以下の表にまとめた。出力の大きい放送局が多い傾向だが、ここ(神奈川県)からいずれも1000km以上離れた放送局ばかりだ。

放送局周波数出力送信所
平壌放送657kHz不明(強力らしい)平壌市?
NHK第二(札幌)747kHz500kW江別市
KBS釜山放送総局891kHz50kW釜山
KBS韓民族放送972kHz1500kW全羅北道金堤市?

特に平壌放送からは何を言っているのか理解は出来ないもののアナウンサーによる独特の口調の読み上げとクセの強い音楽が流れて来て、明らかに北朝鮮の放送と分かった。

電離層反射で遠方からの電波が到達する関係上、大気の状態によって受信状態が刻一刻と変わり不安定で、受信した復調音もかなりゆらぐ。この音がゆらぐ感じ、大昔にラジオ少年だった頃ダイヤルでチューニングする旧式のラジオで海外放送を受信した時を思い出してしまった。

KBS韓民族放送(972kHz)はTBS(954kHz)と周波数が近接しており、前回作成したGNURadioのフローグラフではTBSと混信して当初はうまく受信出来なかった。上記フローグラフは前回よりもデジタルフィルタを狭帯域にして周波数の選択度を良くしている。周波数の選択度をデジタルフィルタの帯域幅で決められるのはSDRならではの良さだ。

まとめ

非同調型のループアンテナとディスクリートのトランジスタアンプを外付けし、ADALM2000で中波ラジオのSDRを作った。トロイダルコアを用いたトランスの自作など、これまで馴染みの無かったアナログ回路に触れて、電子工作の幅が広がったように思う。

作成したラジオの感度はなかなか良好で、近くの放送局はノイズも無くクリアに受信出来るし、夜間は1000km超の遠方の放送局も受信出来る。SDRならではの周波数選択度の良さも魅力だ。トランジスタ1段のアンプを外付けするだけで、こんなにも高感度の受信機が作れるとは思っていなかったので正直ビックリである。

今回と前回作ったSDRは高周波信号を直接サンプリングしてしまうダイレクトサンプリングと呼ばれる方式。この方式はシステム的にシンプルで理解しやすいのは良いのだが、ADALM2000では2.5MHzサンプリングが限界なため中波放送の受信ぐらいしか用途が無いのと、高ゲインかつ広帯域なアンプが必要になるのが難点。そこで次回は周波数変換回路を取り付けることで高周波アンプ不要、低サンプリング周波数のA/D変換でSDRを実現出来る、ダイレクトコンバージョン方式のSDRに挑戦する予定だ。

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